江戸時代のUFO






日本にも昔からUFO、宇宙人がやってきていたと言う資料も存在する。
徳川家康が河童を見たという資料があるが、内容から、どうもグレイタイプの宇宙人の特徴を備えており、とても興味をそそらせる。


今回は享和3年に常陸国(現代の茨城県)に、お釜に似た船が漂着し、中から言葉が通じない女性が降りてきたと言う話である。



これは、享和3年に発行された瓦版である。












これらの下の3画像は、後に書かれた随筆、見聞集に書かれた挿絵である。
若干の違いはあるが、ほぼ同じ事を表している内容と思って良いであろう。

この船は高さ4m、幅6mで3つの窓があったとされている。
残念ながら、この後、どうなったのかは分かっていない。


GRAY会長的に考察してみると、仮に宇宙人だとすると、完璧な人間タイプである。
しかし、スケッチの絵からみると、異国の人間にしか見えない。

宇宙人訪問説
宇宙人事故説
他国者島流し説

日本を訪ねてきた宇宙人なら、日本人が驚かない服を着ていても不思議は無いが、日本をたった一人で訪問したり、当時の日本は、今の日本と異なり、特に世界中で目立つような国では無かった。
事故説も考えられるが、事故なら、助けが来たり、爆発等が発生したりと、もっと大きな話題になったのではないだろうか?

と、言うことで、今回の事件は実は、近辺の異国での罪人を密閉した容器に入れ、海に放したと考えられないだろうか・・・
しかし、罪人に高さ4m、幅6mで3つの窓をつけた高価な乗り物を与えると言うのも考えづらい・・・

こう考えると本当に宇宙船だったのであろうか?


2004-03-22 追加

もしかして、異国の実験ではないかという意見が来た!
享和は1800年、1800年と言えば、確かに、蒸気機関車が走り、電池の原理が発見されている
船による探検も行われた時代である!
1776年には、タートル号と言う潜水艦がアメリカで作成されている。
1800年には、極秘な潜水艦実験が行われていたと言う可能性も捨てきれないであろう・・・・・







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